<   2011年 04月 ( 3 )   > この月の画像一覧

茨城ツー

先週茨城ツーに行ってきました。いつものTG-SKYメンバーです。
ということで今回は茨城方面。
賛否両論あろうかと思いますが結局いわき 塩屋岬を回りました。

被災地はTV以上にすごい状態です。被災者とそうでない方の差が激しすぎます。
山側では道路はややうねっており、橋が地盤沈下で段差ができてるぐらいでいです。家の瓦は落ちてるのですが、倒壊家屋がない状態なのでいたって普通に見えます。
海側だけが地獄でした。
堤防の破壊される力とはこんなにもすごいのかと思いました。

津波の恐ろしさを目の当たりにした今、原発事故は想定外の天災であり ひとえに東電の責任でもないだろうと思わざるえません。
原発前の堤防がもう少し低かったり、堤防が破壊されたらこんな程度の事故では済まないだろうと思いました。

ひと月あまり過ぎてコンビニも普通に営業し パチンコする人もいれば 洗車する人もいます。
ココスのランチではにぎやかに主婦たちがランチをしています。
川で釣りをする人。 ジョギングする人。
しかし その少し先にはがれきを処理する人。立ちすくむ人。
そしてバイクで通過する私たち。















c0192077_14594944.jpg
c0192077_150374.jpg
c0192077_1502048.jpg
c0192077_1503718.jpg
c0192077_1505469.jpg


2名がK1600GTLを発注しました。
一人は今週から韓国ツーリングです
もう一人は CL1200とK1200GTを下取りに出して予約を入れたそうです。
6月ツーは楽しみですね。



できることとと言えば これくらいだけど 山田純さんのブログにあったTシャツを購入しました
2415円で1000円が寄付にまわります。
c0192077_15125681.jpg

by akirahrk1962 | 2011-04-23 15:18 | バイク | Comments(10)

今年も桜が咲きました。
花見ができる桜並木より ポツンと居る桜がないかなと 近所を散策。
こういうときのR100GSは下駄変わりだ。
と言うより バッテリーが心配で少しでもエンジン掛けて乗らないと。
makkuroさんも8万キロ こっちは14万6千キロ だから何だ?
今でもよく走るし 軽い。
c0192077_10245456.jpg



c0192077_10272091.jpg

デジカメデビュー!
c0192077_10295292.jpg
c0192077_10314784.jpg
c0192077_10344315.jpg


GS乗りのタカさんが 外資系ファンドを退職しました。彼はその直後に起こった震災で今NPOのメンバーとして気仙沼に赴いているそうです。

避難所の学校でジブリの(魔女の宅急便)を上映したそうです。
”切ない気持ですが 元気が出ました。これからも宜しくお願いします”
中学生の女の子が喜んでいたそうです。

”最後にプレゼントありますよ”と彼が言ったら 小学生が一言。
”プレゼント? 家ですか?”
何とも切ない。

こんな時の為に 自治体が広い土地をいつも確保しているようでないとだめですね。
多摩方面なら尾根環の真ん中の土地なんかそんな時の為に今のままでいいのかな?
なんてことを考えながら 桜見てました。
by akirahrk1962 | 2011-04-16 10:32 | 街並み | Comments(0)

ヘッドライト

震災3週間目 
昨日ヘッドライトが届いた。地震の翌日ひとつ注文していたのだ。
以前maloweさんの使ってるの見て 明るいので買ってみた。
重量は重いがさすがに明るい。ルーメンかラーメンか何しろ明るい。
c0192077_13441630.jpg

今回の地震は電力やインフラ等で広範囲に被害が出ている。
3月12日はダイヤ改正だった。南武線の快速開始が物悲しい広告に見える。
c0192077_154879.jpg

総理大臣も災害用のブルゾンからスーツになった。
閣僚会議で笑顔が写っていた。やっと普段に戻りつつある。
お店の売り上げも急に伸びてきた。うれしい限りだ。

衣食住と言われるが 今は食住衣の順番だと思う。被災支援も当然だが食料から始まり
仮設住宅へと移る。そして最後には衣料だ。非難してる時も何かしら着てるので取り急ぎ困らない。
ヒートテックの支援物資が喜ばれている。我々アパレルの衣料は後回しだ。複雑な感じだ。

地震の事は事実として忘れてはならないし事だし 歴史に刻まれる。
何かで見たが、三陸地方には沿岸部に”以前の津波はここまで来たよ”という石碑があるらしくそこより上に家を建てようとしたらしい。
しかし 漁業が産業の為。船は海にあるのでとりあえず道具置き場は海の近くに置こうと言うことで小屋がたった。
更には市場ができていき 最終的には利便性を求めて海辺に集落ができて津波以前と同じとこに家を建てて暮らし始めたそうだ。
時がたつと人間は忘れていくそうだ。
以前の津波は昭和8年らしい。その前は明治39年だかすごい昔である。2度経験している人もいるはずだ。

今はPCやデジカメ等個人でも数多くの記録が残っている。
YOU-YUBEでもいつでも見れる。
歴史は繰り返されるとはそのとうりだ。自然災害はいつ来るかわからないから忘れるのかもしれないが、地球ができて50億年だか経つから 人生80年ぐらいとしたら瞬き程度の期間だ。
そんな短い期間に地震は沢山起きている。
しっかりと記憶して残しておくことが必要だ。
原子力事故は地震から始まったが、つくったのも人間だし事故処理も人間だ。
誰もが記憶できる津波さえ人間は忘れるのだから、人間の手によってつくられたものは
正確な事実を把握して記録しないとまた起きる。
地震の番組では原発事故の報道で統制報道が取られている局とか見ているとよくわかったはずだ。

隠ぺいや保身に走る事があるとまた厄介なことになる。原発開発を白紙検討だと言うが
簡単には行かない。原発で生活している人間も沢山いる。
温暖化対策25%削減にも原発は必要だろう。

民主党と自民党の大連立とか既に震災を機に政権戦略が進んでいる。
原発事故の初動体制の問題とか いろいろな事がうやむやにならないようにしてもらいたいものだ。

震災に際し各国の対応が報道されている。民主党が中国 韓国に媚を売る政策から脱しない限り
この震災も国家をあげての復興にはひずみが生ずる。
太平洋戦争の時代 南京大虐殺とか日本の不利な事実がある。
記録メディアが今ほどあれば事実を捻じ曲げられることもなかっただろう。
事実中国の外交カードであるし 中国国内の民主化抑止の好材料は反日活動を前面に押し出すことだ

震災が外交カードに使われて 肝心の被災者救済が遅れてはならない。
もう桜が咲いたので 震災シリーズは終了しようと思う。
次は復興シリーズにしよう。
by akirahrk1962 | 2011-04-02 14:30 | 生活 | Comments(4)